明け方、玄関チャイムが鳴った。
誰だろう?こんな時間に。
玄関を開けたのは、食品工場のアルバイトから帰ったばかりの母親。
その母親が、私の部屋にある2階にやって来て、「大変、大変」。
私、「どうしたの?」
母親、「お兄ちゃんが帰って来た」
私、「えー、本当に?」
弟の私が驚いたのは、兄とは、兄が就職学を機に家を出た19歳の時から10年以上会ってなかったから。
母親、「下に降りて来て」
私、「分かった」
1階にある居間へ行くと、無精髭を生やした小汚い兄がいた。
兄は私から視線を反らしながら、「ヨッ!」
私、「ヨッじゃないよ、今まで何処に居たの?」
兄、「色々とな・・・」
母親、「そんなのどうだって良いじゃない。ご飯は、まだ食べてないんでしょ?」
母親は、前日の残り物と味噌汁、炊きたてのご飯を居間のテーブルに並べた。
私、「座らないの?」
兄、「・・・」
母親、「せっかく作ったから温かいうちに味噌汁を飲んで」
兄、「・・・」
兄は小汚い格好をしていたため
私、「着替えを持って来ようか?」
兄、「・・・」
母親、「そうしてあげて」
兄、「・・・」
母親。「先に風呂にするかね?」
兄、「・・・」
兄は立ったまま、母親が作った味噌汁を一口啜ると、
兄、「美味え」
私と母親、「・・・」
兄、「行くよ」
私、「行くって、何処に行くんだよ?」
母親、「急がなくたって良いじゃない」
兄、「人を待たせているんだ」
母親、「その人も家に上がってもらったら」
兄、「・・・、ごめん、もう行くよ」
家を出た兄を無理やり車に乗せたのは、イカツイ顔をした男達。
息子を連れて行かれた、母親の驚きようは尋常でなかった。
それから暫くすると、兄の知り合い、兄の勤め先の人、兄の奥さんなど色んな人から「お金を貸しており、代わりに返してくれ」と催促の電話がたくさん来た。
電話があるだけで、家にお金を取りに来た者は1人もいない。
兄の消息も分からないまま、6年が経つ。